【Web論文】中国における民法総則の検討


 中国では2017年3月15日に全人代で「民法総則」が可決されました。中国民法の基礎の改正であり、中国ビジネスに関わる人は、注目をしておきたい点です。この民法総則を脚注など根拠を示した論文形式で講評してみたいと思います。



1. 問題の所在


 中華人民共和国(以下「中国」という)には、いわゆる「民法典」は存在せず、

「民法通則(1986年4月12日公布、1987年1月1日施行、2009年8月27日最終改正・改正法施行)」
「物権法(2007年3月16日公布、同年10月1日施行)」
「契約法(原文は「合同法」。1999年3月15日公布、同年10月1日施行)」
「不法行為責任法(原文は「侵権責任法」2009年12月26日公布。2010年7月1日施行)」

 などの個別の法律を総合して民法「的」内容の法律を構成してきた。しかし、これらの複数の法律には矛盾がある部分もあり、統一民法典の起草の必要性が指摘されてきた(註1)。

 そして、ついに2017年3月15日に中国民法典のうち、「総則」部分が全国人民代表大会で採択され、同日公布された(註2)。今後、順次民法典の続編を制定していき、2020年までに「中国民法典」を完成させる予定であるという(註3)。本稿では、今回全人代で採択された「民法総則」の評釈を行いたい。

 評釈の方法としては、今まで中国で民法総則の役割を果たしてきた「民法通則」との比較という手法を用いる。なお、当該民法総則は、2017年10月1日より施行される予定となっている(註4)。


2. 「基本原則の章」の検討


2-1. 民法通則および民法総則第1条の比較検討


 民法通則は、その第1条を「公民、法人の合法的民事権利の保障、民事関係の正確な調整、社会主義現代化建設事業の発展の需要のために、憲法および我が国の実際の状況により、民事活動の実践を結実させ、本法を制定する」とある。

 これに対し、民法総則第1条は「民事主体の合法権益の保護、民事関係の調整、社会および経済秩序の保護、中国の特色ある社会主義発展の要求、社会主義核心価値観の高揚のため、憲法を根拠にして本法を制定する」としている。民法通則から民法総則になって、特徴的と言えるのは、「社会主義」という言葉を二度も使っている点である。

 「社会主義法」には、「法をもって道徳を強制する」という特色があるが、これを強調しているものと思われる(2-2で詳しく述べる)(註5)。

 また、中国の会社法の分野では、これまでも権利の主体となれる者には、自然人、法人、その他の組織の3種があるとされていた(註6)。そして今回それが一般的な民法の分野にまで拡大されている(3-1で詳しく述べる)。これを受けてか、民法通則の「公民、法人の合法的民事権利」という言葉が、民法総則では「民事主体の合法権益」という言葉に変えられている。

2-2.「公平原則」の継続


 民法通則第4条には「民事活動は、自願、公平、等価有償、誠実信用の原則を遵守しなければならない」という条文がある。中国には「責任がなくても、公平のために賠償責任を負うべき」と判示した裁判がある(註7)。その裁判の根拠となったのが、この「公平原則」である。

 そして民法総則第6条には「民事主体が民事活動を行う場合、公平原則を遵守し、各方の権利義務を合理的に確定しなければならない」との規定がある。これは一見すると、権利義務を確定する場合に、公平にしなければならないという条文にも読める。

 しかし、「義務関係が公平ではなかった」という論理ならば、従来のように、何ら責任が存在しないにも関わらず、賠償責任を負わせる根拠条文に使われる可能性もあると考えられる。

 このように考えると、民法総則第1条が「社会主義」を強く謳っているのも、道徳を強制する社会主義的道義責任から「公平のために責任を負わせる」という論理を補強するためのようにも見える。

 いずれにせよ、「論理よりも道徳」を重んじる「社会主義」と、これまでの裁判結果から見る「公平原則」から、今後も中国では法的責任がないにも関わらず、賠償責任を負わされるということは考えうる。

2-3. 節約規定


 民法総則で、その第9条に「民事主体が民事活動を行う場合、資源の節約をし、生態環境保護をしなければならない」という条文が新設された。この条文をもって、中国では民法総則は環境配慮もしている、という評価もあるようである。この条文は、これまでにはない条文でどのように用いるのか現在はまだ定かではない。

 しかし、条文通りに読むと、資源の節約や生態環境保護を行いながら民事活動をしなければならないわけで、公害企業などが行う行為は全て民事活動ではない(違法行為である)とされるように読むことができる。

 もちろん、中国ではこれまでも公害対策を盛り込んだ法律などがあったが、実際には公害企業が取り締まられることは多くはなく、この節約の規定によって公害企業などが駆逐されるかは限りなく不透明である。


3. 「非法人組織の章」の検討


3-1.「非法人組織」の意味


 民法総則第4章は「非法人組織」の章としている。そして、民法総則第102条は「非法人組織は法人格を有さない。しかし、法に従い自己の名をもって民事活動に従事できる組織である」と規定している。

 しかし、そもそも法人とは、自然人(生身の人間)以外であっても民事主体となることができる「法律上『人』として扱われる」存在である(註8)。そのため、自然人、法人の他に「非法人組織」も自らの名で民事活動を行うことができたら、法人制度の意味自体が大きく揺らいでしまう。

 ところが、中国では2.1.でも述べたように、法人でなくても事実上法人と同じ扱いとなるような制度が会社法の分野には存在していた。これは、中国では雇用契約を締結できるのは、「単位」だけという前提が存在していたことが原因と思われる(註9)。

 単位とは、労働者を雇用する各種の組織である(註10)。つまり、法人でない個人事業主であっても単位でさえあれば、個人事業の屋号で雇用契約を締結することができるのである。つまり、「単位」であれば法人ではなくても、かなり法人に近い取り扱いがなされることになる。

 しかし、「法人」でない組織も、権利の主体となれるというのは、いわゆる西側諸国の法制度とは相いれない制度であることもまた事実である。しかも、これまで会社法の分野で認められていただけのものが、民法総則の分野にまで拡大されたことは大きなことと言えるだろう。

3-2. 非法人組織に関する条文


 民法総則では、非法人組織とは、個人独資企業、組合企業(原文は「合伙企業」)、法人資格を持たない専門サービス機構などであるとしている(第102条)。また、非法人組織の設立には、法律に登記をすることも必要であるとしている(第103条)。そして、非法人組織にも法人に関する一般的規定が準用されるとしている(第108条)。

 非法人組織の設立には登記することが必要であったりと、条文上からは法人設立と非法人設立の差異が明確ではない(実務上、登記受理の要件が異なることは想定できる)。今後、法人と非法人組織の差異とそれぞれのメリットはなんなのか、大きな議論となるように思われる。


4. 「民事権利の章」の検討


4-1. 物権に関する規定


 民法総則第114条第2項には「物権は、権利者が法に従い、特定の物を直接的かつ排他的に支配する権利をいい、所有権、用益物権および担保物権を含むものとする」と規定されている。しかし、日本などでは物権は、所有権、用益物権、担保物権、占有権の4種に分類ができると考えられている(註11)。

 現在の中国でも日本でいうところの占有権は「占有」という名称である程度認められている(註12)。このように占有権を正面から認めようとしないのは、中国は「占有(ただ持っているだけ)」は「権利」ではなく、ただの「事実」に過ぎないという認識に立っているからである(註13)。

 民法総則第1条を含め、中国法にはしばしば「合法的権利」という言葉が登場する。これは、中国では法律で合法と認められた行為にしか権利が生じないという理論が根底にあるということである(註14)。つまり、必ずしも合法ではない方法で「物」を取得したとしても、権利が発生するとされる「占有権」は中国では認められないということである。

 民法総則第114条第1項の物権の定義に「占有権」があげられていないことから、中国は今後も上記「合法的権利」論を継承し、民法総則に続いて起草されるであろう「民法物権編」でも引き続き「占有権」ではなく「占有」という取り扱いがなされるであろうことが予想される。

4-2. 所有権の限界


 民法総則第117条は、「公共の利益の必要により、法律に規定する権限および手続きに従い、不動産もしくは動産を徴収、徴用する場合には、公平で合理的な補償をしなければならない」と規定している。これもこれまでにはなかった規定である。

 中国では、都市部の土地は国有、農村部の土地は法律により国有地とされたもの以外は集団所有となっている(中国憲法第10条)。このため物権法第42条には集団所有の土地が徴収された場合の補償に関する規定がある。しかし、当該民法総則の規定では、土地のみならず「不動産もしくは土地」を補償さえすれば徴収・徴用することが可能であるとしているのである。

 今回、公布されたのは民法総則であり、所有権に関する具体的な規定はまだ置かれていない。しかし、これは事実上個人の所有権が絶対ではなく、公共の利益に服さなければならない所有権しか認められないことを意味している。

 中国は社会主義国家であり、国内の財産は国有という前提があった。しかし、2004年の憲法改正で「公民の合法的私有財産は侵害を受けない」という条文が導入された(2004年憲法改正後の憲法第13条第1項)。

 また、これと同時に「国家は公共の利益の必要により、法律の規定により公民の私有財産に対して徴収もしくは徴用を行うことができ、併せて補償を行う」という条文も導入されているため(2004年憲法改正後の憲法第13条第3項)、合法的私有財産の侵害を受けないという規定も結局は「公共の利益」に負けてしまうのである。

 すると、この民法総則第117条の条文は、憲法上「公共の利益」の名の下に国内の財産の徴用をするための具体的根拠として制定された可能性もある。今後、中国でどの程度私有財産の徴用がなされるのかは注視したい部分である。

 ところで、憲法上の私有財産保護の条文は憲法のうち「公民の基本権利」の章ではなく、「総則」の章に置かれていた。そのため、直接私有財産権を認めたわけではなく、プログラム規定(国家の政策目標)にすぎないのではないか、という学説が支配的である(註15)。

 とすると、中国は憲法第13条第1項だけの規定を見たとしても、いまだ私有財産権の保護は憲法上の保障を受けていないとも言えそうである。

4-3. 有効な民事行為の条件


 民法通則第55条では民事行為が備えるべき条件として、(1)行為能力があること、(2)意思表示が真実であること、(3)法律および社会公共の利益に反しないことの3つをあげていた。これに対し、民法総則第143条は民事行為が有効となる条件として、(1)行為能力があること、(2)意思表示が真実であること、(3)法律および行政法規という強行規定に反さず、公序良俗に違反しないことの3つをあげている。

 すなわち、「社会公共の利益に反しない」という要件が「公序良俗に違反しない」という要件に変わったということである。一般的に、社会公共の利益に反する範囲は、公序良俗に違反する範囲よりも広い。そのため、有効な民事行為の範囲が広まったともいえる。

 しかし、契約法第52条には「社会公共利益に損害を与える契約は絶対的に無効とする」と規定されている。このため、民法総則上で有効な民事行為の範囲が広まったとしても、今後起草されるであろう「民法債権編」で、契約法第52条と同じような条文が導入されたら、有効な民事行為の範囲は事実上これまでと変わらないということになる可能性もある。


5. 「訴訟時効の章」の検討


5-1.「訴訟時効」という用語


 民法総則でも民法通則から引き続き「訴訟時効」という言葉が用いられている。中国をはじめとする社会主義国家は、「権利などが、ただ時間の経過のみで変動することはあり得ない」という社会主義的唯物論に則り、「時効」という制度を認めたがらない傾向にある。

 そのため、中国には取得時効や消滅時効の制度は存在せず、「時が経過すると、合法的な裁判を受ける権利のみを喪失する」という訴訟時効制度のみが導入されている(註16)。

 つまり、訴訟時効の期間が経過しても、それは訴訟を起こせなくなるだけで、裁判所を経由せずに相手方への権利の請求はいつまででもできるということである(民法通則第138条)。また、中国の学術界からは中国にも取得時効制度の導入が提案されていたが(註17)、結局民法総則に取得時効制度が盛り込まれることはなかった。

5-2. 事実上の「消滅時効」へ


 民法総則上でも「訴訟時効」という言葉が用いられてはいるが、「訴訟時効経過後は、義務者は義務を履行しない旨の抗弁をすることができる」と規定されているなど(第192条)、これまでの訴訟時効制度とは若干方向性が異なるものになっている。時効期間経過後に、義務者の抗弁権を認めるということは、事実上の日本的な消滅時効制度になっていると評価しうるのではないだろうか。

また、訴訟時効の期間はこれまで原則2年だったのが(民法通則第135条)、民法総則では3年となっている(民法総則第188条)。


6. 結びにかえて


 ここまで2017年10月1日から施行される中国の民法総則の特徴的な条文を、現行の民法通則との比較という手法を用いて検証してきた。その結果言えることは、当該民法総則は、いわゆる西側諸国の民法に対して、一進一退であるということである。

 例えば、「社会主義」を強調し、非法人組織制度を民法で認め、私的所有権が絶対ではないと読めるような規定が存在している点は「一退」の部分である。これに対して、訴訟時効制度は名称こそ変わらないものの、日本の消滅時効制度に近づいている点が「一進」の部分である。

 しかし、「一退」とは述べたものの、これは単に資本主義社会に生きる人の理解できる法制度から遠のいたというだけの話であり、中国にとってはこのような制度こそがあるべき姿なのかもしれない。それはこれまで説明してきた通り、一見すると「一退」のように見えるが、「社会主義民法」に近づいたかのように見えるからである。

 かつて筆者は、習近平政権の法制度は社会主義回帰傾向にあると述べたことがあるが(註18)、民法総則にもその流れがあると評価できよう。

 本稿では、民法総則のうち、日本と大きく異なる条文のみに焦点を当て検討してきた。本稿で指摘した点は、今後そのような司法実務が運用されるのか注意しておきたい点でもある(さらには、現実の施行日直前に、最高人民法院などが民法総則に関する司法解釈を出す可能性もある)。

 今回の民法総則で、全体として言えることは、中国では「法改正で、所有権の絶対性が揺らぐ」ような改正をしてくることもあり(もっとも、4.2.で述べたように、中国の私有財産制は最初から揺らいでいるのだが)、法改正がなされたから、ビジネスがしやすくなる、よりよい社会になったとは、こと中国においては考えてはいけないことであると言えるであろう。(執筆者:高橋 孝治)

<註>
(1) 王利明(主編)『民法』(第5版)中国・中国人民大学出版社、2010年、6頁。
(2) 条文の本文は、「中華人民共和国民法総則」(全国人民代表大会ホームページ)〈http://www.npc.gov.cn/npc/xinwen/2017-03/15/content_2018907.htm〉2017年3月15日更新。筆者は2017年3月24日閲覧。
(3) 「《中華人民共和国民法総則》全文発布10月1日起施行」(中華人民共和国最高人民法院ホームページ)〈http://www.court.gov.cn/zixun-xiangqing-37832.html〉2017年3月18日更新。筆者は2017年3月24日閲覧。
(4) 「《中華人民共和国民法総則》全文発布10月1日起施行」・前掲註(3)。
(5) 福島正夫「社会主義の家族法原理と諸政策」福島正夫(編)『家族 政策と法5社会主義国・新興国』東京大学出版、1976年、35頁。
(6) 高見澤磨=鈴木賢[ほか]『現代中国法入門』(第7版)有斐閣、2016年、196頁。
(7) 小口彦太「中国的特色を有する民事判決――違約責任も不法行為もないのに賠償を命ぜられた事例――」『早稲田法学』(87巻2号)早稲田大学法学会、2012年、103頁以下。
(8) 羅思栄(主編)『民法』中国・浙江大学出版社、2008年、101頁。
(9) 王全興『労働法』中国・法律出版社、2008年、29頁。
(10) 王全興・前掲注(2)34頁。
(11) 川井健『民法概論2(物権)』(第2版)有斐閣、2005年、5頁。
(12) 高見澤磨=鈴木賢[ほか]・前掲注(6)163~164頁。
(13) 高見澤磨=鈴木賢[ほか]・前掲注(6)163頁。
(14) 御手洗大輔『中国的権利論――現代中国法の理論構造に関する研究』東方書店、2015年、155頁。
(15) 石塚迅「『人権』条項新設をめぐる『同床異夢』――中国政府・共産党の政策意図、法学者の理論的試み」アジア法学会(編)、安田信之=孝忠延夫(編集代表)『アジア法研究の新たな地平』成文堂、2006年、339頁。
(16) 高見澤磨=鈴木賢[ほか]・前掲注(6)151頁。
(17) 蘇号朋『民法総論』中国・法律出版社、2006年、364頁。
(18) 高橋孝治「中国の最近の法改正に見る『社会主義法への回帰』傾向」(中国ビジネスヘッドラインホームページ)〈http://www.chinabusiness-headline.com/2013/09/38737/〉2013年9月18日更新。筆者は2017年3月25日閲覧。




高橋 孝治

高橋 孝治
http://ameblo.jp/takahashi-chinese-law/

法律諮詢師(中国政府認定法律コンサルタント)
日本文化大学卒業・学士(法学)。法政大学大学院修了・会計修士(MBA)。都内社労士事務所に勤務するも中国法の魅力にとりつかれ、勤務の傍ら放送大学大学院修了・修士(学術)研究領域:中国法。後に退職・渡中し、中国政法大学博士課程修了・法学博士。中国法研究の傍ら、中国法に関する執筆・講演などを行っている。特定社労士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。出演テレビ番組に「月曜から夜ふかし」、「一虎一席談(中国・香港で放送)」。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(単著・労働調査会、2015年)、『中国年鑑2016』(共著・中国研究所(編)、「治安・犯罪動向の章」担当。明石書店、2016年)ほか。「高橋孝治の中国法教室」を『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて連載中。詳しくは「高橋孝治 中国」でWEBを検索!

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