中国華南日本人経営者列伝 2

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永遠の青年実業家・西口三氏
西口元三氏と知り合ったのは、香港和僑会のご縁だ。深圳和協会でも何度かお目にかかった。
香港で起業して30年、年商150億円ほどの商社のオーナー経営者だ。

その西口氏に対して私は「青年実業家」と言うニックネームを秘かに付けている。始めてお目にかかったのが2008年、その当時既に69歳の大実業家に付けたニックネームだ。さすがにご本人を前にして「青年実業家」などと言うのは、失礼かと思い控えている。

その西口氏の趣味は、鉄道旅行である。2008年当時中国鉄道の総営業距離は、7万3000kmだ。その内の約6万kmを既に踏破されていた。西口氏がお持ちの中国鉄道地図の大部分は、既乗車区間として赤く塗りつぶされていた。

彼の鉄道旅行のポリシーは、硬座と言う2等列車での旅だ。乗り合わせた労働者風の中国人とのふれあいを楽しんでおられた。
彼に言わせると、中国の列車ほど時間に正確で安全なものはないことになっている。

当時線路の架け替え工事をしていた、深圳-広州間の高速鉄道は散々遅れ、2時間待たされ45分ほどの区間を3時間かけて、石龍までたどり着いたことがある私には、信じられない話だ。しかも駅にはたかりや、ペテン師がたむろしており、車内で眠ってしまう時には鞄を抱きしめるようにしていた。

西口氏は列車が出発するころには、周りの乗客と親しくなっており、網棚に載せた荷物は常時誰かが見張っており、盗難事故に遭ったことなどないと言っておられた。

新疆ウイグル地区を旅した時は、乗り合わせたウイグル族の乗客が、西口氏を日本人と知るや大いに打ち解けた。目的地に着いた後は、乗り合わせた乗客の自宅に順番に招かれ、ついにホテルには1泊もしなかったそうだ。

その西口氏には、もうひとつの趣味がある。中国の農村に自費で小学校を建てている。初めてお目にかかったときは、既に5校完成したと言っておられたが、今では7校となっている。

陜西省の貧村出身の青年と出会い、奨学金を提供したのがきっかけで、彼の故郷を訪れた。そこで見た小学校があまりにも貧しく、必要な備品もそろっていないのを知る。そこから農村に、小学校を造ることを始めた。

会社のお金ではない。自分のお金を投じ、地元の農民に建設作業をさせることだけを条件に小学校造りを始めたのだ。

西口氏は、たいしたお金ではないのです、子供たちが喜んでくれるのがうれしくて、としか言わない。しかし普通の慈善意識では出来ることではない。

そんな青年のような心を持った西口氏を見ていて、自然と「青年実業家」を言う言葉が思い浮かんだ。
私は西口氏がしているようなことは出来そうもないが、初めて西口氏と知り合ったときの年齢、69歳まで自分も現役で仕事をしようと、新たな目標が出来た。

林 徹彦

林 徹彦
http://www.quality-mind.com/

クオリティマインド・代表

品質改善・経営革新コンサルタント
1952年名古屋生まれ
金沢大学大学院電子工学専攻卒
24年間横河電機に勤務の後独立
現在中国華南地区にて現場型コンサルとして活動

中国,台湾,マレーシア,インドネシア,メキシコの製造現場で指導歴多数.

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